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心房細動診療におけるMultimorbidityを考える

 心房細動(AF)の薬物療法は、この数十年で様変わりしています。特にここ10年は直接阻害型経口抗凝固薬(DOAC)の登場などによって、AF診療は格段に進歩してきました。
 抗凝固療法が急速に普及したことで、それまでの課題であった心原性脳塞栓症の発症は減少に転じたものの、別の新たな課題が生じています。そのひとつが人口の超高齢化に伴うAF患者の多様化であり、これを象徴する概念が “multimorbidity”です。この複雑かつ新たな課題に、私たちはどう立ち向かっていけばよいのでしょうか。
 まだ答えのない領域といえますが、本シリーズでは“multimorbidity”をキーワードに、さまざまな課題を議論したいと考えています。AF診療はこれまでの脳を護る(protection)時代から、新たなステージを迎えようとしています。診療現場の先生方が、ふと立ち止まって一人ひとりの患者さんにどうアプローチ(approach)していくかを考える、そんなヒントが提供できることを願っています。

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AF患者を取り巻く現状

DOACが登場し、
抗凝固療法の普及率が上昇

 かつてAF治療は「、洞調律の維持」によって生命予後を改善できると考えられてきました。しかし2000年代に入り、AFに対する「脳梗塞予防」の重要性が明らかになり、さらに2010年代にはDOACが日本でも承認され、AF治療の考え方は大きく変化してきました。特に、この10年ほどはAFと聞けば「抗凝固療法」、そして「DOAC」という言葉が定着するほど、社会的にもその情報提供や啓発活動が進んだ時代であったといえます。
 このDOACの普及に伴って、AFに起因する脳卒中の発症頻度は減少していることが報告されるようになってきました。ワルファリン一極の時代には、その重要性の認知とは裏腹に、普及率は5割に満たず、臨床現場で十分に使い切れていないというのが臨床的課題でした。しかし、英国では2011年以降、抗凝固薬の使用率は右肩上がりに上昇し、それに伴いAFによる脳卒中が減少に転じたこと(図1)、その背景にDOAC使用の広がりが大きく影響していることが報告されています1)。当院のデータでも、DOACの割合は約8割に及んでおり、同様のことが生じているものと考えています。ワルファリンだけに担わされてきた2000年代までの課題が解決され、これまで救えなかった患者を救えるようになった、これがDOACの登場による最大の福音であるといえるでしょう。

超高齢社会におけるAF診療の課題
〜“multimorbidity”の時代へ〜

 その一方で、これまで見えてこなかった課題に目を向けざるを得ない状況が生じてきているのも事実です。そのひとつがAF患者の「超高齢化」と、それに伴う「多様化」です。ひと昔前は、超高齢者への抗凝固療法は行わないのが通例という時代でした。DOACの普及によって、80歳代、ともすれば90歳代など、これまで想定しなかった患者にも抗凝固療法を行うケースが増えてきています。実際、我々も参加した医師主導多施設共同レジストリ研究であるEXPANDでは、イグザレルト投与患者の約40%は75歳以上であり2)、特定使用成績調査のXAPASSでは約5割を占めていました(図2)3)。一言で高齢者といっても、今は元気な方から介護が必要な方までさまざまです。そういう意味で、年齢を軸に抗凝固療法を定義する時代ではなくなったといえるでしょう。  AF患者の多くが高齢者であるため、複数の基礎疾患を合併する人の割合も多くなります(図3)4)。そうした社会構造の変化も、AF診療において念頭に置かなければならないことだと考えています。このAF患者の「高齢化」と「多様化」をまさに象徴するものとして、“multimorbidity”という概念があります。英国国立医療技術評価機構(NICE)が策定したガイドラインでは「2つ以上の長期的な疾患併存状態」と定義されていますが5)、国際的なコンセンサスに基づいた定義はまだありません。日本でも成熟した議論はないのが現状でしょう。

AF診療におけるmultimorbidityを把握する

AFとmultimorbidityの関係

 Multimorbidityという概念に着目した背景には、高齢あるいは超高齢のAF患者を診るうえで「脳梗塞予防」を診療の出発点にすることへの疑問があります。
 日本の観察研究によれば、AF患者の死亡原因のうち、虚血性脳卒中は11%のみで、大半がAFに伴う脳梗塞以外が死因であったことが報告されています6)。また、Fauchierらが報告したAF患者を対象とした解析では、「年齢」「腎不全」「悪性腫瘍」「肺疾患」「神経疾患」「アルコール関連疾患」「貧血」「心不全」などが死亡に関連する因子であることが同定されています7)。高齢AF患者は、脳卒中の発症リスクが高いことは確かですが、それだけが死亡に影響を及ぼす因子ではないこと、特に、CHADS2スコアに関連する以外の因子がAF患者の生命予後に大きく影響することを理解する必要があると感じたためです。

Multimorbidityの複雑性
〜その背景にあるフレイルとCKDは診療に欠かせない評価項目

 では、高齢化するAF患者を診療する際に、具体的に何を指標に治療方針を決定すればよいのでしょうか。私は、「フレイル」「慢性腎臓病(CKD)」、そして「multimorbidity」の3つが重要であると考えています。厳密にいえば、フレイルとCKDはmultimorbidityに含まれるわけですが、患者さんを前にしたときには、これら3つを客観的な指標として治療方針を組み立てるようにしています。
 フレイルに関してはFriedの評価基準8)が広く知られているほか、日本においてもフレイルを診断するための質問票がいくつか作成されているので、診断は容易でしょう。特に手、足、脳の基本的な能力は重視する必要があります。私は「ペットボトルの蓋が自分で開けられるか」「横断歩道を青信号のうちに渡りきることができるか」「昨日食べた夕飯を覚えているか」の3点を必ず確認しています。
 CKDについては基準が明確で、eGFRの数値が腎機能評価の指標となりますが、難しいのはmultimorbidityの評価です。これについては明確な評価基準がないため、経験的な判断に委ねざるを得ません。
 私は、AF患者に高血圧が合併していて、加えてフレイル、腎機能障害があり、さらにもう1つの疾患があればmultimorbidityと評価してよい、と考えています。もちろん、それぞれの重症度もあるので、杓子定規に5疾患とするのではなく、臨機応変に対処するようにしています。
 Multimorbidityにおいては、当然ポリファーマシーの問題も生じます。併せ持っている疾患それぞれの治療薬をガイドラインどおりに処方していたら、薬剤の数はあっという間に10種類を軽く超えてしまいます。同じ薬効の薬剤を複数服用していないか、薬物相互作用が起こっていないか、多剤併用が病態自体に影響を及ぼしていないか、服薬コンプライアンスが守られているか、などを確認することはもちろんですが、治療の優先順位によって薬剤数の整理をすることもとても大切だと考えています。

Multimorbidity時代のAF診療をどう考える?

 Multimorbidity時代のAF診療において、なにをどう診ていくか?という命題に明確な答えはありません。そのようなエビデンスは存在しないことを重々承知のうえで、以下に私の考えを述べます。1つの問題提起と考えていただき、これを起点に議論もできればと考えています。

ポイント1

暦年齢にとらわれすぎない

 AF患者を診療するうえでの注意点としては、まず暦年齢にとらわれすぎないようにすることが重要です。例えば85歳のAF患者さんがいたとします。年齢だけを考えると、DOAC投与を躊躇してしまうかもしれません。しかしフレイルがない、腎機能も維持されている、multimorbidityもない、という患者さんであれば、通常の投薬を行っても問題ないでしょう。AF患者の死亡原因として脳卒中の頻度はそれほど高くないとはいえ、心原性脳塞栓症が起こった際の重症度は高く、寝たきりになる頻度や死亡率が高いので、DOACの使用を控える理由はありません。もちろん、若年と比べると副作用が出やすいので、投与後の経過観察は慎重に行います。

ポイント2

併存疾患の重症度が予後に及ぼす影響や、既往を考慮する

 90歳の患者さんにAFが初めて見つかったとします。その患者さんへの治療はどのように考えたらよいでしょうか。私は、原則としてフレイル、腎機能の状態を確認し、問題がなければDOACを使用することを検討します。しかし、この患者さんはいつからAFを有していたのか、という点が不明です。もし、この患者さんが若いころからAFを有していて、90歳までなにもなくきたのであれば、DOACを服用しなくてもよいかもしれません。そうした既往と、併存している他の疾患の重症度を考慮し、場合によってはDOACを使用しないという選択もあるかもしれません。

ポイント3

ポリファーマシーのケースでは、治療の優先順位を重視する

 AF患者さんでは5つ以上の慢性疾患を有する割合が半数以上を占めるという報告もあるように(図4)9)、多くの併存疾患を抱えており、その結果として多くがポリファーマシーの問題を抱えています。例えば、90歳の患者さんが10種類以上の薬剤を服用していたとします。果たして、それらの薬剤は本当にすべて必要な薬剤でしょうか?
 私は、ポリファーマシーの患者さんに遭遇した場合、「患者さんの生命予後に好ましい影響を及ぼす薬か」「QOLに好ましい影響を及ぼす薬か」という2点を考慮して判断するようにしています。必要がないと考えられる場合は、話し合ったうえで服薬を中止することもあります。要するに、何がその患者さんにとって優先されるべき治療なのかを見極めることが大切なのです。長年服用してきた薬を中断することで不安になる患者さんもいますが、そもそも、10種類以上の薬剤を毎日、間違いなく服用している患者さんは多くはないでしょう。そうした服用薬の整理も重要な決断の1つであると考えています。

ポイント4

家族の満足度が得られない治療ゴールは設定しない

 患者さんには、治療に関するあらゆる可能性や、メリット、デメリットを伝えますが、患者さんのみならず、家族にもきちんと説明を行うことが重要だと考えています。治療方針の共有に、家族も巻き込むのです。なにが起こっても、「納得する治療を受けられた」と患者さんとその家族が感じることができるように、診療を進めることが大切です。家族が満足しないような治療ゴールを設定することは意味がないと考えています。

ポイント5

診療科の連携、多職種の連携が不可欠

 特に高齢のAF患者さんを単科で診療していくには限界があります。AFだけ診療して、併存する疾患は二の次でよいということはありません。どの治療がその患者さんの予後にとって最良であるかは、診療科が連携して判断していく必要があるでしょう(図5)10)。現在、地域包括ケアシステムの構築が進められていますが、このシステムは、AFに限らず高齢者の医療において必要不可欠なものになると思います。多くの診療科、そして職種が関与し、multimorbidityのある患者を診ていくことが求められています。

Multimorbidityの時代には「質」から「調和」へのシフトが求められる

 AFに限らず高齢社会においては、根本的に治療ゴールについての考え方を変えていく必要があると思っています。単一の疾患であれば、その疾患の治療の質を高めていけばよいでしょう。しかし、いくつもの疾患が輻輳するケースにそれを行っていたら、生理機能に破綻をきたすケースも考えられますし、使用する薬剤の数も膨れ上がってしまいます。
 重要なのは、「生命予後に最も影響を及ぼす疾患・病態はなにか?」を常に考えることではないでしょうか。その患者にどのくらいの余命があるのか、そして、その余命の期間に患者がどう生きたいのかを確認し、単純に「足し算」をするのではなく「引き算」をする勇気も必要です。すなわち、「質」ばかりを追うのではなく、「調和」をめざす治療も大切だと考えています。それがmultimorbidity時代に求められる治療姿勢ではないでしょうか。

  • 1) Cowan JC et al.:Eur Heart J. 2018;39:2975-2983.
  • 2) Shimokawa H et al.:Int J Cardiol. 2018;258:126-132.
  • 3)イグザレルト特定使用成績調査の現状報告(2012年4月18日~2018年9月15日時点での調査票収集・データ固定症例での中間集計)
  • 4) Barnett K et al.:Lancet. 2012;380:37-43.
  • 5) National Institute for Health and Care Excellence:NICE guideline. Multimorbidity:clinical assessment and management. 2016.
  • 6)坂井健一郎ほか:臨床神経学. 2015;55:178-181.
  • 7) Fauchier L et al.:Open Heart. 2015;2:e000290.
  • 8) Fried LP et al.:J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2001;56:M146-M156.
  • 9) Chen MA:Clin Geriatr Med. 2016;32:315-329
  • 10) Forman DE et al.:J Am Coll Cardiol. 2018;71:2149-2161.
PP-XAR-JP-1495-19-03