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がん関連血栓塞栓症に対する抗凝固療法

 がん治療の進歩に伴う患者生存率の向上により、がんサバイバーの数は増加している。がん患者の 死因では、「がんの進行」に次いで「血栓塞栓症」が多い。したがって、がん患者の予後改善には適切な血栓塞栓症の管理が不可欠となる。今回は、がん化学療法の静脈血栓塞栓症(VTE)リスク評価に世界中で用いられているKhoranaスコアの開発者であるAlok A. Khorana氏をお迎えし、国内外の血液内科、外科、循環器内科の専門医と、がん関連血栓塞栓症(CAT)の現状やリスク評価、抗凝固療法の在り方について話し合っていただいた。

司会 赤澤 宏 氏

基調講演/Alok A. Khorana 氏

◆ CATの患者教育、予防、スクリーニング、予後予測に役立つリスクスコア

 がん患者の生存率向上や高齢化などを背景として、CATは近年、世界的に増加傾向にある。がん患者では化学療法開始後3~12カ月のVTE発症率が12.6%と高い1)だけでなく、化学療法開始後6カ月間の心筋梗塞や脳梗塞といった動脈血栓塞栓症の累積発症率も、非がん患者の約2倍という報告がある2)。オランダのがん登録観察研究では、血栓塞栓症はがん患者の死因の9%を占めており、がん進行に次いで大きな割合を占めている3)。また、VTEは化学療法中の早期死亡リスクを7倍に引き上げ4)、入院リスク増大や入院期間延長にも関連するといわれている。
 CATのリスク因子としては、がん種や組織型、悪性度などのがん関連因子の他、一部の化学療法や分子標的薬、輸血、手術、入院といった治療関連因子、組織因子やDダイマー、P-セレクチン等のバイオマーカー、年齢や人種、併存疾患などの患者関連因子がある5)。がん種に関しては、膵臓がんや胃がんなどの消化器がんでVTE発症率が高いことが知られている5)。そしてCATのリスクは、がん診断後早期に高く、入院や手術時にピークを迎え、寛解に至ると正常レベルまで下がるが、再発時には再上昇することが明らかになっている6)
 われわれは2008年に、がん患者の化学療法に関連するVTEリスクの評価のため、5つの重要なリスク因子(①がんの部位、②血小板数、③ヘモグロビン値、④白血球数、⑤BMI)を用いたKhoranaスコアを開発した(7)。当初は、3点以上を高リスク、1~2点を中リスクとしたが、その後の研究で2点以上でもVTEリスクの上昇を認めると報告された8)。Khoranaスコア以降も、種々のリスクスコアが開発されている9)
 こうしたリスクスコアは、がん患者にVTEという疾患を認識させる「教育」、潜在的なVTEの早期発見につなげる「スクリーニング」、高リスク患者のVTEを抑制する「予防」、がん進行と死亡リスクを評価する「予後予測」の4つの目的に活用できる10)。2019年に改訂された米国臨床腫瘍学会(ASCO)のガイドラインでも、がん診断時とその後の定期的なVTEリスク評価が強く推奨され、患者に対してVTEの教育を行うことが求められている11)

表

◆ NOACがCAT治療にパラダイムシフトを生む

 治療に関しては、2003年に無作為化比較試験(RCT)12)が行われ、低分子量ヘパリン(LMWH)の6カ月間投与はビタミンK拮抗薬(VKA)と比べ、がん患者のVTE再発リスクを有意に抑制するとの結果が示された。これにより、欧米ではLMWHの6カ月間投与が標準治療となったが、VKAや非ビタミンK拮抗経口抗凝固薬(NOAC)**と比べLMWHの治療継続率は著しく低いという課題もある13)。これは毎日の自己注射という利便性の問題が影響すると思われた。
 このような背景の中、2018年にがん患者でのVTE再発抑制についてNOACとLMWHを比較した2つの臨床試験成績が報告された。1つがSELECT-Dである14)。この試験では、肺血栓塞栓症(PE)または深部静脈血栓症(DVT)を有するがん患者406例を対象に、LMWH(ダルテパリン)またはリバーロキサバンの6カ月投与が行われた。リバーロキサバン群の6カ月間の累積VTE再発率は、LMWH群に比べ有意に低く〔4% vs. 11%、ハザード比(HR): 0.43、95%CI: 0.19~0.99〕、「重大な出血」に有意差はなかった(6% vs. 4%、HR: 1.83、95%CI: 0.68~4.96)()。
 エドキサバンを用いたもう1つの臨床試験Hokusai VTECANCERでも、同様の結果が得られた15)。しかし、いずれの試験でも消化器がん患者ではNOAC群で出血リスクが増加しており、注意が必要である。
 これらのデータに基づき、ASCOや国際血栓止血学会(ISTH)、血栓症とがんに関する国際イニシアチブ(ITAC)のガイドラインでは、ファーストライン治療の選択肢にリバーロキサバンなどのNOACが記載された11,16,17)。われわれの施設でも、2017年後半までがん患者のVTEに対する標準治療はLMWHだったが、現在は併用薬との薬物相互作用がなく出血高リスクでない場合、リバーロキサバンを中心とした抗凝固療法を始めている。適応患者を慎重に選べば、NOACは出血リスクを上昇させずにLMWHと同程度にVTE再発リスクを下げることが可能だ。これは最近の大きな進歩で、NOACはCAT治療にパラダイムシフトをもたらした薬剤といえるだろう。

*VTEの治療および再発抑制については国内未承認
**活動性悪性腫瘍患者に関する注意の詳細は、DI頁9項「特定の背景を有する患者に関する注意」参照
図

ディスカッション

◆ 日本と欧米でリスク評価の状況は異なる

赤澤 Khorana先生ありがとうございました。何かご質問、ご意見はありますか。
田邉 Khoranaスコアでは胃がんがスコア2になりますが、日常臨床ではそれほどVTEが多いとの印象はありません。
Khorana 日本と欧米では消化器がんの疫学が異なります。欧米の胃がんは、VTEのリスクが高いステージ3、4の進行がんで診断される例が多いのです。
池田 日本では胃がん検診の普及で、早期発見例が圧倒的に多いため、VTEを少なく感じるということですね。胃がんの多くは血栓形成に関わる粘液を産生する腺がんですから、進行・再発例では、日本人でもリスクは高くなります。
赤澤 実際のリスク評価は、どのように行われていますか。
田邉 私は循環器内科医なので、通常は外科医が術後にDダイマーをスクリーニングし、造影CTで血栓の見つかった患者が紹介される例が多いです。Khorana先生やPatel先生は、スコアだけでリスクを評価されているのですか。
Khorana スコアのみです。Dダイマーはがん患者で高値を示しやすい点と、検査が標準化されていない点からあまり使っていません。
Patel むしろ、Dダイマーの測定は「誘因のない」血栓を持つ人に有用で、潜在性のがんの発見に役立ちますね。
赤澤 日本でDダイマーは、リスク評価というより診断やモニタリングの意味合いが強いと思います。定期的に採血し経時的な上昇があればVTEを疑いますし、逆に足がむくんできてもDダイマーが陰性であれば、VTEを否定できます。
田邉 リスク評価は、どのタイミングで行っていますか。
Khorana 化学療法を開始するときや、レジメンを変更するとき、つまり新たな治療を始めるタイミングです。

◆ VTE患者の外来管理に適したリバーロキサバン

赤澤 VTEに適応を持つNOACは日本に3種類ありますが、それぞれ使い方が微妙に異なりますね。
田邉 リバーロキサバンは発症初期の3週間、高用量(15mgを1日2回)で使用できます。VTEの再発リスクが高い初期に高用量を使えるのは、大きな利点だと思います。
赤澤 リバーロキサバンは、ヘパリンからの切り替えではなく、初期から維持期まで単剤で管理するシングルドラッグアプローチが可能です。この点も特徴の1つですね。
田邉 特に外来がん患者では、がんの評価目的の造影CTでPEやDVTが見つかる例が多く、外来治療を続けるためにもリバーロキサバンは有用です。
Khorana 私も、リバーロキサバンの最大の利点は外来での管理が可能になる点だと感じています。入院は、患者にも医療システムにも大きな経済的負担となりますから。
Patel ロンドンの病院は通常、99%のベッドが塞がっています。入院患者が減ることの意義は極めて大きいのです。

◆ がん患者の抗凝固療法をいつまで続けるか

赤澤 がん患者への抗凝固療法は、いつまで続けるべきでしょう。半年以降は明確なエビデンスがないと思いますが。
池田 胃がん患者は常にVTEリスクが高いため、抗がん薬治療が続く限り、抗凝固療法も継続します。
Patel 私は、出血がない限り抗凝固療法を続けます。PEによる死亡はできるだけ避けたいですから。
Khorana 転移がある、または化学療法やその他の治療を行う必要がある活動性がんでは、抗凝固療法を継続します。
田邉 活動性がん、Active cancerの捉え方が難しい場合があります。例えば、乳がん患者が半年以降もホルモン薬を服用している場合、抗凝固療法は継続されますか。
Patel タモキシフェンの服用中は血栓塞栓症に注意する必要がありますから、抗凝固療法を続けます。
Khorana 同感です。一方、アロマターゼ阻害薬では血栓塞栓症のリスクは低いとされています。抗凝固療法を中止する時期を患者と話し合っておくべきでしょう。
赤澤 では逆に、出血リスクを考慮して抗凝固療法を中止するのはどのようなケースですか。
池田 消化管出血は、薬剤が直接粘膜に作用することで生じると考えられます。例えば、上部消化管粘膜に病変のない大腸がん患者でNOACが出血を起こすリスクは低いとされます。一方、胆汁の逆流や抗がん薬で胃に炎症や潰瘍が生じた場合、出血リスクは高まります。LMWHにVTEの適応がない日本では、上部消化管の内視鏡検査で粘膜の状態を確認し、抗凝固療法の継続、中止を判断すべきだと考えます。
赤澤 本日はCATの背景やリスク評価、抗凝固療法について最先端の知識を得ることができました。海外と日本の違いが浮き彫りになり、今後われわれも、臨床データを蓄積し最適なリスク評価や治療法選択につなげる必要があると実感しています。ありがとうございました。

    文献
  • 1)Khorana AA, et al. Cancer 2013; 119: 648-655.
  • 2)Navi BB, et al. J Am Coll Cardiol 2017; 70: 926-938.
  • 3)Khorana AA, et al. J Thromb Haemost 2007; 5: 632-634.
  • 4)Khorana AA. Thromb Res 2010; 125: 490-493.
  • 5)Cohen AT, et al. Thromb Haemost 2017; 117: 57-65.
  • 6)Khorana AA. Thromb Haemost 2019; 119: 1713-1715.
  • 7)Khorana AA, et al. Blood 2008; 111: 4902-4907.
  • 8)Mulder FI, et al. Haematologica 2019; 104: 1277-1287.
  • 9)Khorana AA, et al. Lancet Haematol 2018; 5: e273-e274.
  • 10)Angelini D, et al. Semin Thromb Hemost 2017; 43: 469-478.
  • 11)Key NS, et al. J Clin Oncol 2020; 38: 496-520.
  • 12)Lee AYY, et al. N Engl J Med 2003; 349: 146-153.
  • 13)Khorana AA, et al. Res Pract Thromb Haemost 2017; 1: 14-22.
  • 14) Young AM, et al. J Clin Oncol 2018; 36: 2017-2023.
  • 15) Raskob GE, et al. N Engl J Med 2018; 378: 615-624.
  • 16) Khorana AA, et al. J Thromb Haemost 2018; 16: 1891-1894.
  • 17) Farge D, et al. Lancet Oncol 2019; 20: e566-e581.
SELECT-Dの概要
PP-XAR-JP-1381-19-03