脳梗塞予防を目的とした抗凝固療法は容易ではない。脳梗塞予防を追い求めて抗凝固薬を多く投与すると大出血が起こり、大出血を防ぐために抗凝固薬を少なく投与すれば脳梗塞が増加する。一方を追い求めると他方を犠牲にせざるを得ないという二律背反の関係が抗凝固療法には存在するからである。したがって個々の症例ごとにリスク・ベネフィットを考慮に入れた適切な抗凝固療法が求められる。
1)頻度
抗血栓療法中の日本人患者4,009例を対象に約19ヵ月間経過観察し、出血性合併症の頻度を調べた、Bleeding with Antithrombotic Therapy(BAT)研究によると、大出血発現率は抗血小板薬単独投与群で1.21%、抗血小板薬併用群で2.00%、抗凝固薬単独投与群で2.06%、抗凝固薬+抗血小板薬併用群で3.56%と、抗血栓薬の併用で大出血の頻度が上昇する1)。新規経口抗凝固薬(noveloral anticoagulants:NOAC)のダビガトラン、リバーロキサバン、アピキサバンのグローバル第Ⅲ相試験によると、大出血の発現率はワルファリン群が3.09~3.57%/年、NOAC群が2.13~3.6%/年、頭蓋内出血の発現率はワルファリン群が0.7~0.8%/年に対して、NOAC群は0.23~0.5%/年とワルファリン群と比較してNOAC群の大出血発現率は同等かそれ以下で、頭蓋内出血発現率は大幅に低い値を示している2-4)。本邦で行われたリバーロキサバン第Ⅲ相試験のJ-ROCKET AF試験によるとワルファリン群と比較して、リバーロキサバン群の大出血発現率は同等であったが、部位別解析では転帰に多大な影響を与えることの多い頭蓋内出血や消化管出血は半減しており注目に値する(図1、2)5)。
2)リスク
これまでの研究によると、高齢者、日本人を含むアジア人もしくは白人以外、脳卒中もしくは脳梗塞の既往、MRI-T2スター画像での微小出血信号を有する症例、アスピリン併用、腎機能障害、低体重、およびダビガトランに対するワルファリン療法、喫煙習慣、過度の飲酒が、大出血、脳内出血、もしくは頭蓋内出血のリスクであることが指摘されている6-9)。高血糖は血腫増大のリスクとして知られている。
3)発症予防
発症予防の基本は①大出血や頭蓋内出血のリスク管理、②抗血栓薬の併用をできるだけ避ける、③大出血発現率がワルファリンと同等かそれ以下で、頭蓋内出血が大幅に少ないNOACを第一選択にする、④導入時の出血性合併症の対策、である(表1)。
調整できるリスクである高血圧、高血糖、喫煙、過度のアルコール摂取を徹底的に管理することは、大出血予防の観点からきわめて重要である。脳卒中の既往者の血圧は140/90mmHg未満、非高齢者では130/85mmHg未満、糖尿病、腎機能障害、もしくは心筋梗塞の既往者では130/80mmHg未満を目標に降圧を行う。BAT研究の第2報では頭蓋内出血発症者と非発症者のカットオフ値が130/81mmHgと報告されており、抗血栓療法中の症例の血圧管理目標を糖尿病、腎機能障害、もしくは心筋梗塞の既往者と同じく130/80mmHg未満とすることも一法と思われる10)。抗血栓薬の併用をできるだけ避けることも大出血を避ける観点から重要である。NOACは第Ⅶa因子の血漿レベルに影響を及ぼさないので、出血時に組織因子と第Ⅶa因子複合体が容易に形成され外因系凝固カスケードが発動しやすいために、組織因子が豊富な脳での出血が少ないと考えられている。このように頭蓋内出血を避ける点でNOACを選択することは理にかなっている2-5,8,9,11)。しかし、NOACでは十分な用量調節ができないため、禁忌項目該当例に投与しないことや減量考慮基準を遵守することが重要である(表2)。また導入時に出血性合併症が多いので、導入時に腎機能やヘモグロビン値を2週間ごとに1ヵ月程度チェックすることが一法であろう。ヘモグロビン値の測定は、不顕性出血を早期に発見するためである。各NOACの血中濃度は、ダビガトランではAPTT(activated partial thromboplastin time:活性化部分トロンボプラスチン時間)値と、リバーロキサバンではPT(秒)およびPT-INR(prothrombin time-international normalized ratio:プロトロンビン時間国際標準比)値と相関することが知られている。ダビガトラン療法中にはトラフでAPTT値が80秒を超えると大出血が多いことが知られているが、APTT試薬は標準化されていないことに注意する。また、リバーロキサバン療法中のPT-INR値は試薬間で値が異なること、アピキサバンはAPTT値やPT-INR値と十分に相関しないことにも注意する。
4)発症時の緊急対応
a.必ず行うべき事柄 基本的な対応として、まず①休薬、②外科的な手技を含めた止血操作、③点滴によるバイタルの安定、④脳内出血やくも膜下出血などの頭蓋内出血時には十分な降圧を行うことが挙げられる。点滴によるバイタルの安定は基本対応であるが、NOACでは意味深い。点滴しバイタルを安定させることで、半日から1日程度で相当量の薬物を肝臓や腎臓で代謝・排泄できるからである。
b.場合によって考慮すべき事柄 ダビガトランやリバーロキサバン、アピキサバンの場合、食後の最高血中濃度到達時間(Tmax)が30分から4時間程度なので、4時間以内の場合は胃洗浄や活性炭を投与し吸収を抑制する。ダビガトランは蛋白結合率が低く透析で除去されるが、リバーロキサバンやアピキサバンは蛋白結合率が高いため困難と予測される。NOAC療法中は第Ⅸ因子複合体を投与することで抗凝固作用を是正できる可能性が示されている12)。特にリバーロキサバンでは健康成人における第Ⅸ因子複合体投与の効果に関するデータが開示されており13)、NOAC各薬剤に対する抗体製剤や他の中和剤14)の開発も進められている。
NOAC療法中に脳梗塞を発症した場合の遺伝子組換え組織プラスミノーゲン活性化因子(rt-PA)血栓溶解療法の安全性は確立していない。しかし、これまでの報告や「rt-PA静注療法適正治療指針 第二版」15)
によれば、通常の投与基準に加えて、NOACの最終内服からの時間やAPTT、およびPT-INRなどの指標を考慮することが推奨されている。NOACの半減期が12時間程度であること、ダビガトランに関するこれまでの報告によると7時間以上経過症例で転帰が良好であること、適正指針でAPTT>40秒、PT-INR>1.7では投与を避けるように記されていること、各NOACによって凝固系指標への影響が異なることを考慮に入れて、症例ごとにrt-PA血栓溶解療法の適否を判断する。
NOACは①管理が容易であり、ワルファリンと比較して②脳梗塞予防効果が同等かそれ以上、③大出血発現率が同等かそれ以下、④頭蓋内出血が大幅に少ないことから、確実に一歩前進した抗凝固薬と言える。NOAC療法から十分なベネフィットを得るには、大出血や頭蓋内出血のリスクを徹底的に管理すること、投与禁忌項目や低用量選択基準を遵守することが重要である(表2)。
■References