疾患関連情報

◆ 特別企画

なぜ、今心房細動なのか - 1

「Clotman Press」の発刊にあたり

奥村

 わが国は、世界でも類のない高齢社会を迎え、脳卒中(脳血管障害)を中心とする血管性疾患の増加が問題となっています。その中で、心房細動に合併する心原性脳塞栓症は機能予後、生命予後ともに非常に不良であるため、一次予防、二次予防が極めて重要です。このような状況を受けて、血栓塞栓症予防の重要性を啓発すると同時に、抗凝固療法、特に現在開発中の新規抗凝固薬に関する情報提供を目的とした情報誌「Clotman Press」を発刊することとなりました。本誌は、専門医から実地医家の先生方にまで、幅広く情報提供をしていきたいと考えています。

わが国の脳卒中と心房細動の動向

2-1)脳卒中の疫学・発症率の推移

奥村

 まず、脳卒中の疫学・発症率の推移について、内山先生にお話しいただきます。

内山

 日本では、毎年新たに25万人が脳卒中を発症していると推計され、1~ 2分に一人の割合で発症していることになります。これは、高齢者の増加と生活習慣病の蔓延によるものと考えられ、2010年には300万人を突破し、今後も増え続けると予測されています。

 脳卒中は、日本人の死因第3位ですが、介助を要する身体障害の原因でみると第1位になります。そのため、脳卒中患者の生涯にわたる医療費は約9兆7,000億円に上り、経済的な負担が大きく、また、患者さんと家族にとって大きな肉体的・精神的負担になります。例えば、アンケート調査で「一番かかりたくない病気」を問うと、「脳卒中」が1位になります。命は助かるものの、重篤な後遺症を残すと一生大変な思いをすることになるため嫌われているのでしょう。これらのことからも、脳卒中の一次予防、二次予防が非常に重要になると言えます。脳卒中の病型別頻度を10年前と現在とで比較すると、ラクナ梗塞に替わり、現在はアテローム血栓性脳梗塞と心原性脳塞栓症が増えている1)ことがわかります(図1)。アテローム血栓性脳梗塞が増えている要因の1つは、生活習慣病に関係する代謝性疾患が増えていることが挙げられます。一方、心原性脳塞栓症が増えている要因は、高齢者の増加に伴い心房細動が増えていることによると思われます。
 心房細動の患者数は、男女共に2030年まで増え続ける2)と予測されることから  (図2)、脳梗塞の中でも最も重症な臨床病型をたどる心原性脳塞栓症が爆発的に増加し、国民医療費をさらに圧迫することが危惧されます。したがって、心原性脳塞栓症の一次予防、二次予防が、日本の医療において非常に重要な課題だと考えます。

奥村

 現在の日本は、高齢化と生活習慣の欧米化を背景に脳卒中が増加し、中でも心原性脳塞栓症が増えていることが大きな特徴と言えるかもしれませんね。そこで、心原性脳塞栓症の重症度について、私と棚橋先生がお話ししたいと思います。

2-2)心原性脳塞栓症の重要度

奥村

 図3は心房細動を有する85歳の男性で、左中大脳動脈領域の梗塞で、左内頸動脈が閉塞しています。頸動脈エコーで可動性の血栓が左頸動脈に認められました。左房内に形成された大きな血栓が遊離し、突然左内頸動脈を閉塞、重症の脳梗塞が起こったと考えられます。

 t-PA(tissue Plasminogen Activator: 血栓溶解療法)が承認された2005年10月から2008年1月の期間に、弘前脳卒中センターに搬送された急性期脳梗塞868例の病型内訳と退院時の重症度が評価された768例の修正Rankinスケール(mRS)を示します(図4)。心原性脳塞栓症患者では、mRSが4 ~ 6点、つまり「援助なしで歩行不可(介助が必要)」から「死亡」という重症例が54%を占めています。機能予後、生命予後ともに脳梗塞の中で最も悪い病型と言えます。

 脳梗塞の治療としてt-PAは確かに有効ですが、発症から3時間以内に施行しなければならないので、心原性脳塞栓症においては、重症度や時間、合併症等の問題で、その実施率は必ずしも高くはありません。

棚橋

 2009年の脳卒中データバンクでも、約4万7,000例のt-PAを施行しなかった群の退院時予後をみると、心原性脳塞栓症の死亡率は13%と高く、一方、ラクナ梗塞はほとんど死亡しませんし、アテローム血栓性脳梗塞は数%です。また、t-PAを施行した症例でも、特に心原性脳塞栓症の場合は、内頸動脈や中大脳動脈が閉塞する場合が多いため、再開通率が内頸動脈で約1割、中大脳動脈の起始部閉塞で約4割と十分な治療成績が得られていないのが現状で、予後はかなり厳しいと言えます。

奥村

 心原性脳塞栓症は、一度発症すると重症になります。t-PAの効果は認められているものの、実際には実施率が低く、重症になる例が多いことを考えると、「予防するしかない」ということが言えるのではないでしょうか。次は心房細動に目を向けたいと思います。

2-3)心房細動の疫学・罹患率

奥村

 心原性脳塞栓症の主要な原因である心房細動について、是恒先生から、疫学・罹患率の推移についてお話しいただきます。

是恒

 アメリカのFramingham研究などでは、70歳を超えると心房細動の有病率が急激に上がると言われていました。日本の疫学データは少ないのですが、放射線影響研究所の橋場先生ら3)が、年齢別集団をそれぞれ長期間追跡し、心房細動の発症頻度をみた結果から(図5)、60~70歳まで追跡した群と70~80歳まで追跡した群の「70歳」を比べてみると、同じ70歳時点でも、10歳若い集団の方がその頻度が上がっていることがわかります。心房細動は近年になって増加している可能性が示唆され、2003年の住民検診・職場検診の受診総計53万人のデータでは、全人口の0.6%が心房細動と推定されていて、今後日本でも欧米の罹患率に近づいていくと予測されます。

奥村

 心房細動は、高齢者人口の増加に伴い増加しており、その結果、重症脳卒中が増加するということですね。心原性脳塞栓症は一次予防が最も重要であることが疫学データからも支持されます。心原性脳塞栓症予防のための指針として、日本循環器病学会からは「心房細動治療(薬物)ガイドライン2008年改訂版」、日本脳卒中学会からは「脳卒中治療ガイドライン2009」がそれぞれ刊行されています。その要旨について触れたいと思います。