#4 実地医家のための新規経口抗凝固薬の適正使用の実践

◆ Expert Keynote

#4 実地医家のための新規経口抗凝固薬の適正使用の実践

内容は2012年6月時点のものです

#4 実地医家のための新規経口抗凝固薬の適正使用の実践

井上 博 先生

富山大学大学院医学薬学研究部 内科学第二 教授
1974年東京大学卒。1982年東京大学医学部第二内科助手。1984年米国インディアナ大学留学。1991年東京大学医学部検査部講師。1992年富山医科薬科大学医学部第二内科教授。日本心電学会理事、日本不整脈学会理事、日本心臓病学会理事、日本心不全学会理事、日本内科学会評議員、日本循環器学会評議員ほか。

はじめに

  医薬品の「適正使用」とは果たしてどのような使い方を言うのでしょうか。当然、薬剤はメリットとしての「効果」がなければ服薬する意味がありません。医薬品(薬剤)の有効性の観点から言えば、安全性を確保したうえで、最大限に薬効が発揮される状態での使い方が適正使用と言えます。一方、安全性の観点からは、効果は最大限ではなくても、副作用のリスクをできるだけ回避する使い方が「適正使用」と言えるのかもしれません。副作用のないことがすなわち「適正使用」ではありませんが、特にわが国では、副作用を来しにくい薬剤が好まれるのは事実です。
  有効性・安全性の観点のほか、法的な観点からは、添付文書に記載された警告、禁忌、(承認された)効能・効果、用法・用量に基づき使用することが、「適正使用」の条件であることは言うまでもありません。
  しかし、添付文書さえ読めばすべての患者に対応できるのでしょうか。恐らく答えは「No」です。新薬の添付文書は、リスクの高い患者を除外した均一な患者集団を対象とした臨床試験のデータに基づいています。また、臨床試験は厳格に管理された状態で実施されるため、経過観察もアドヒアランスも一定の水準以上に維持されているはずです。翻って、実際の臨床現場では、臨床試験で除外された患者グループや想定外の状況下で投与する場合もあり、添付文書の記載のみで対応することは困難でしょう。
  50 年以上ワルファリンしか使用されてこなかったこの領域に、薬理作用や薬物動態が異なる新薬が導入されたのですから、導入初期にはより慎重な対応が求められます。本稿では、実地医家の先生方が新しい抗凝固薬を適正に使用するためには、どのように考え意思決定をすればよいか、私見を述べたいと思います。

医薬品の適正使用とは何か

適正使用の定義

  まず、「適正使用」とはどういうものか、定義を探してみました。厚生労働省の諮問委員会である「21世紀の医薬品のあり方に関する懇談会」の最終報告書(平成5年5月)には、「適正使用」の定義が以下のように記載されています1)
●的確な診断に基づき患者の状態にかなった最適の薬剤、剤形と適切な用法・用量が決定され、これに基づき調剤されること
●次いで、患者に薬剤についての説明が十分理解され、正確に使用された後、その効果や副作用が評価され、処方にフィードバックされるという一連のサイクル
   つまり、「適正使用が確保されるためには医薬品に関する情報が医療関係者や患者に適切に提供され、十分理解されることが必須の条件であり、医薬品は情報と一体となってはじめてその目的が達成できる」という考えに基づいています。
  「適正使用」とは、薬剤の選択や用量の決定だけではなく、インフォームドコンセントやアドヒアランス、有効性・安全性の情報のフィードバックまでを含めた概念と理解すべきでしょう(図1)。

予防医療における抗凝固療法の特殊性

1)予防医療の特殊性

  新しい経口抗凝固薬の導入は、予防医療の普及の難しさをあらためてわれわれに気付かせてくれました。予防医療の効果は、一定の大きさ(患者数)の集団における比較的長期にわたる観察でしか評価できないことが多く、個々の患者や医師個人のレベルで、短期的には、有効性は認識されにくい特徴があります。一方、副作用は患者個々において、比較的短期間に認識されやすいと言えるでしょう。したがって、治療と異なり、予防医療のメリット=ネットクリニカルベネフィット(Net clinical benefit)(リスクを考慮したうえでの総合的な有用性)は「見えにくい」側面があります。
  心房細動患者の脳卒中について言えば、予防なしでの脳卒中の発現率はリスクによって異なりますが、CHADS2スコアが3点の場合は年間5.9%と報告されています2)。ワルファリンや新規の経口抗凝固薬の投与により、脳卒中の発現率は半分以下に低下することが報告されていますが3,4,5)、それを一人の医師が、自ら診療している患者のみで実感するのは困難と言わざるを得ません。また、抗凝固薬を投与すれば多くの患者で血栓形成が阻害されるはずですが、適切で簡便な代理マーカーがないため、その効果を血圧やコレステロール値のように「値」として実感することはできません。脳卒中のリスクを有する心房細動患者に対して抗血栓療法を行わない研究は倫理的に許されませんし、無治療群との比較試験を行うこともできないため、現実的には全国的な登録研究の結果を待つしかないでしょう。
  さらに、予防医療の宿命的な問題点として、本当に予防が必要であった患者かどうかが誰にも分からない点が挙げられます。脳梗塞の予防で言えば、誰が脳梗塞を発症するか予測できないため、元々脳梗塞を発症しなかった患者にも抗凝固薬を投与することになります。そして、その患者に出血が起こった場合には、患者個人にとって予防医療が出血という副作用しかもたらさなかったことになります。確かに、患者を集団でみれば、脳出血のリスクよりも脳梗塞予防のベネフィットの方が大きいはずですが、脳出血を来した患者個人にとっては、本当に抗凝固薬が必要だったのかという疑問は残るでしょう。

2)脳梗塞予防における抗凝固療法の特殊性

  脳梗塞予防における抗凝固療法のネットクリニカルベネフィットを考えるうえで重要な点は、抗凝固薬によって凝固能を抑制し血栓の形成を阻害するという作用機序の延長線上に、副作用としての出血がある点です。脳梗塞予防効果を増強するために投与量を増やすと、脳出血のリスクは上がります。反対に、脳出血のリスクを下げるために投与量を減量すると、予防効果が減弱する可能性があります。この点が、抗凝固薬の至適投与量決定を難しくしている本質で、そのためにワルファリン使用時にはプロトロンビン時間国際標準比(Prothrombin Time-International NormalizedRatio: PT-INR)値のモニタリングを行って、抗凝固作用を治療域にコントロールする必要があります。
  わが国の心房細動患者における治療実態調査を目的としたJ-RHYTHM Registry では、日本人のPT-INR の強度は、国際共同試験で設定されたレベルよりも低いことが示唆されています6)。J-RHYTHM Registry については、現在解析作業中ですが、日本人にとってのワルファリンの至適PT-INR 値は、欧米人と比較して低めでもよい可能性があります。さらに、脳出血のリスク、あるいは抗凝固薬に対する感受性に人種的な差異が存在するのであれば、同じ投与量でも、使用される国によってネットクリニカルベネフィットが異なる可能性があります。

3)ドラッグラグがないという特殊性

  新しい経口抗凝固薬には、海外とのドラッグラグがほとんどないという特徴があります。ダビガトランやリバーロキサバンは、海外において下肢整形外科術後の静脈血栓塞栓症(VTE)予防を適応症とし、2008 年から順次承認されてきましたが、非弁膜症性心房細動(NVAF)患者の虚血性脳卒中予防の適応については、海外と日本でほぼ同時期に承認されました。したがって現段階では、虚血性脳卒中予防においては、海外における臨床経験が不十分であるため、安全性に関して一定の評価を行うまでには至っていないのが現状です。
  従来は、ドラッグラグのおかげで、その薬剤が日本で使用できる頃には、海外での安全性情報が蓄積されており、安全性に関するリスクはある程度予測可能で、使い方も海外の使用経験やエビデンスから学ぶことができました。しかし、新規経口抗凝固薬の臨床応用については、海外とほぼ同時に進行しているため、わが国独自で使い方を検討していく必要があります。つまり、日本人が自ら使用経験を積んで、使い慣れることが求められます。

新規経口抗凝固薬の適正使用とは

1)適正使用のための患者選択

  実地医療での使用経験やエビデンスが十分ではない現状で、新しい経口抗凝固薬を適正に使用するためには、まず「添付文書」に従って適応患者を選択し、用法・用量を決定することが基本です。適応患者の選択については、承認された「非弁膜症性心房細動」患者であること、禁忌の項目に該当しないことを確認する必要があります。次に血栓塞栓症のリスクと出血のリスクを評価し、抗凝固療法を適応すべきかどうかを確認します。
  実際の医療現場では、さまざまなリスクを持った患者が来院するため、血栓塞栓症のリスク評価にはCHADS2スコアやCHA2DS2-VASc スコア、出血リスクの評価にはHAS-BLED スコアなどを用いて、医師が自ら判断することが求められます(図2)。
  あるいは添付文書や、各製薬企業が配付している「適正使用ガイド」などの冊子を活用し、適応患者を選択することが現時点ではもっとも実践的と思われます。


2)適正使用のための薬剤選択

  新規経口抗凝固薬の薬剤選択については、現在、日本人のエビデンスに基づいた明確な使い分けの基準はありません。しかし、実際には、禁忌や現在服用している薬剤との併用の可否による使い分けを基本に、剤形(錠剤かカプセル)、投与回数(1日1回か1日2回)、腎排泄・肝代謝、投薬期間(制限の有無)などを考慮して、薬剤選択を行うことが考えられます。また、消化器症状などの特異的な副作用も薬剤選択の基準となるかもしれません。

3)適正使用のための用量選択

  用量選択についても、それぞれの製品添付文書に基づくことが基本ですが、実際には添付文書の記載だけでは判断できない患者グループ(例:クレアチニンクリアランスが50mL/min 前後の患者、高齢+低体重とリスクが重複する患者、抗血小板薬2剤と併用する患者など)が存在します。このような患者グループにおける用量選択については、医師が自らの「能力と判断」によって決定する必要があるでしょう。出血のリスク評価が困難で、どうしても用量の選択に判断がつかない場合には、新規の抗凝固薬に執着せず、用量調節が可能なワルファリンを選択することも考慮すべきです。
  その場合には、患者との間でインフォームドコンセントを十分に取っておくことが肝要です。また、選択した投与量については、臨床試験のデータや、血栓塞栓症および出血リスクを患者に十分に説明しておくことが重要です。特に患者が高齢で理解が困難と思われる場合、患者の家族に説明しておく必要があります。さらに、服薬アドヒアランスを維持することの重要性や、出血を起こさないための日常生活の注意点、出血を起こした場合の対処法などの説明も不可欠です。これらについては、製薬企業が提供している患者向け資料を活用するのも効果的です。

4)適正使用に関わるその他の要因

  適正使用を実践するには、投与開始時だけでなく、投与してからの経過観察も重要です。投与量の基準となる腎機能は、脱水、風邪といった要因で容易に変動する可能性があります。投与後も、血栓塞栓症リスクおよび出血リスクの両方の評価は必要です。
  また、企業による市販直後調査の報告(中間報告を含む)やその他の安全性情報、実際に新規経口抗凝固薬を使用した医師との情報交換も重要です。

おわりに

  新規経口抗凝固薬は、固定用量で投与できるので、医師や患者をルーチンのPT-INR 検査から解放してくれる薬剤であることに間違いはないと思います。また、食事制限がない、相互作用を示す薬剤が比較的少ないというメリットがあります。さらに、ワルファリンと比較して頭蓋内出血を来しにくいことが臨床試験で認められています。このように、新規経口抗凝固薬の登場によって、われわれはいくつかのベネフィットを得ることができるようになりましたが、一方で、使い慣れるまでは患者や用量の選択などについて、今まで以上に慎重な対応が必要でしょう。
  経口第Ⅹa 因子阻害剤の登場により、いよいよ抗凝固薬を使い分ける時代となりました。新規経口抗凝固薬を使いこなすためには、まず「適正使用」を心がけ、わが国で安全な抗凝固療法が普及することを期待しています。

■References

  1. 1)厚生省薬務局「21世紀の医薬品のあり方に関する懇談会」最終報告 1993年
  2. 2)Gage BF ,et al. JAMA 2001; 285: 2864-2870.
  3. 3)Connolly SJ, et al. N Engl J Med 2009; 361: 1139-1151.
  4. 4)Patel MR, et al. N Engl J Med 2011; 365: 883-891.
  5. 5)Granger CB, et al. N Engl J Med 2011; 365: 981-992.
  6. 6)J-RHYTHM Registry Investigators. Circ J 2011; 75: 2357-2362.