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◆ AF治療 Spotlight

#11 心房細動患者や医師が安心して抗凝固療法を継続するための課題

お話の内容はインタビュー(2013年10月)時点のものです
公益財団法人 心臓血管研究所 所長・付属病院長
山下 武志 先生 

心房細動患者の抗凝固療法を巡っては、「心房細動治療(薬物)ガイドライン」(2008年改訂版)において脳梗塞発症リスクの高い非弁膜症性心房細動患者に対する抗凝固療法が推奨されるようになり、ワルファリンの他にも新規の経口抗凝固薬が登場するなど、近年大きな変化が生じています。一方、心房細動患者での抗凝固療法の実施率や継続率は十分というには程遠い現状にあります。そこで、心房細動治療のオピニオンリーダーの1人である心臓血管研究所の山下武志先生に、リアルワールドの心房細動患者に対する抗凝固療法の現状と課題について解説していただきました。

◆脳梗塞を発症した心房細動患者で 脳梗塞発症前の抗凝固薬服用率が低い理由

心房細動患者に対する抗凝固療法の認知度について ご意見をお聞かせください。


  2002年にAFFIRM試験1)やRACE試験2)の結果が発表される前までは、心房細動治療の基本は、「いかに洞調律を維持するか」で、心電図が正常になれば良いというのが常識でした。しかし、これらの試験の結果を受けて、海外では、死亡率や脳卒中に対する洞調律維持の有用性が疑問視され、脳梗塞予防における抗凝固療法の重要性が指摘されるようになりました。本邦では少し遅れて、心房細動治療の基本が「脳梗塞予防」であるという認識になったのは、循環器専門医の間でも、ここ5年くらいのことと思います。今でこそ新規経口抗凝固薬(novel oral anticoagulant:NOAC)の登場もあって、循環器専門医だけでなく一般の臨床医にもこうした認識が広まっているように思いますが、実はそれほど歴史は長くありません。


心房細動患者に対する抗凝固療法の実施率は増加してきているのでしょうか。


  脳卒中データバンク2005年集計3)では、脳梗塞を発症した患者さんで、心房細動を有する患者さんの13.2%しか発症前に抗凝固療法を受けていなかったのですが、2009年集計4)では21.1%に増加しています(図1)。大幅な増加ではないものの、抗凝固療法が広がっているというトレンドの中にあるのだと思います。
  しかし、脳梗塞を発症した患者さんの抗凝固療法実施率は依然として低いレベルだと思います。低い理由として、1つには、発症前に心房細動と診断されていない可能性が考えられます。そういう意味で、脳卒中データバンクは我々に、「脳卒中になる前に心房細動を発見しましょう」というメッセージを発しているのかも知れません。2つ目は、CHADS2スコアが0~1点であれば、抗凝固薬が選択されていない可能性があります。
  抗凝固療法の普及が不十分という結果のみをみるのではなく、「見逃している心房細動が多い」、「CHADS2スコアが低リスク(0~1点)でも脳梗塞を発症する」5)という点に留意することも重要と思います。


◆抗凝固療法の処方に影響を及ぼす、出血に対する医師の不安感

NOACの登場で、抗凝固療法は普及するでしょうか。


  抗凝固療法の普及率が低い理由として、出血に対する懸念があります。NOACは、ワルファリンと比べて、脳卒中の抑制効果は同等かそれ以上、また頭蓋内出血の頻度は低いといわれています。ただし、心房細動患者の脳卒中をより抑制するからといって、効果の情報のみではバランスが悪く、同時に出血の話もきちんとしなければいけないと思います。
  抗凝固薬に慣れていれば、患者さんに対して「出血の程度は従来の薬と同じくらいです」、「出血してもこういう対応をします」という説明ができると思うのですが、一般の臨床医の先生方の中には、「抗凝固薬が必要ということは理解できる。しかし、出血したという患者さんは出てくるし、その時どうしたら良いのかわからない」という不安はあると思います。


出血の影響を具体的に教えて下さい。


   抗凝固薬の継続率の低さはワルファリン時代からの課題で、心房細動患者にワルファリンを投与すると1年以内に約4分の1が中止し、高齢者ほどその傾向が強いということが報告されています6)。また、最近、GARFIELD Registry7)という心房細動患者を対象とした国際的な登録研究の途中経過が論文発表されていますが、それによると、抗凝固薬を選択しない理由のほぼ半分は「医師の選択」であり、その中で出血や転倒に対する懸念が多いことがわかりました(図1)。
  また、一度大出血を起こすと、患者さんは二度と抗凝固薬を飲みたがらないでしょう。医師も同様に、患者さんを出血させたという記憶は、その後の処方に影響し、1人の大出血を経験するとその医師のワルファリン処方率が5割減るといわれています8)。このように出血に対する懸念が、普及率や中止率に影響しています。多分NOACを処方して大変な目にあった医師は、もう二度とNOACを処方しないでしょう。

◆患者さんが安心して抗凝固療法を受けられるようにするには

患者さんの疾患と治療に関する意識はいかがでしょうか。


  患者さんは脳梗塞とか脳卒中という言葉は知っているし、なりたくない怖い病気と思っています。しかし、「健康日本21推進フォーラム」の調査によると、ワルファリンを飲んでいる人でも、心房細動が脳梗塞の原因であることを認識している人は半分しかおらず、残りの半分はただ医師にいわれたので薬を飲んでいるだけということがわかりました9)。
  医師の方では十分に説明したつもりでも、患者さんは十分理解していない可能性があります。診察の際、医師は心房細動が原因で脳梗塞になることや、抗凝固薬による予防が必要なことを患者さんに伝えるでしょう。しかし、患者さんは診察室の中で聞くことをすべて覚えている訳ではありません。初めは病気のことを理解していたけれど、予防なので効果が認識できず、時間の経過とともに服薬に対するモチベーションが減退していくのでしょう。


どのようなときに服薬を中止してしまうのでしょうか。


  患者さんは、転んで皮下出血したとか、内視鏡検査の時に色々注意しなければならなかったことがあると、それをきっかけにワルファリンを飲まなくなります。昔は高血圧の薬を飲ませるのも大変で、「血圧が高い方が調子が良い」といわれたり、「薬を余らせてはダメです」と注意するともう来なくなる患者さんもいました。また糖尿病についても、最初は失明や下肢切断のリスクを覚えていますが、時間の経過とともに認識も薄れていくので、糖尿病教室を実施したりして治療の継続を図っています。
  前述の「健康日本21推進フォーラム」の調査によると、レセプトデータの分析ではワルファリンを処方された患者さんの4.3%(33,000人)が1年間で服薬を中止していました9)。またインターネットのアンケート調査で抗凝固薬の服用中止者の中止時期について調べたところ、1年未満の中止が55.9%、1年以上が41.9%でした9)。中止例でのアンケート回答からは、脳梗塞発症は怖いにもかかわらず、抗凝固薬の服用を中止すると脳梗塞の発症リスクが高まることが十分理解されていないことがわかりました(図2)。
   ほとんどの日本人は高血圧や糖尿病は知っています。一方、心房細動の知名度はまだまだ低いと思います。そもそも心房細動を知らないので、診察室で心房細動が脳梗塞の原因であることを説明されても、なかなか理解するのが難しいのでしょう。
  患者さんの中で心房細動が脳梗塞の原因であるという認識が低い、そしてベースには薬を飲むのは面倒くさいという思いがあるので、そもそも服薬をやめられやすい。そこに出血が起きると服薬をやめてしまう。医師の方も、1例でも出血を経験したら、別の患者さんも出血するんじゃないかと心配で、それが医師の判断で抗凝固薬を投与しないというケースにつながっているのではないかと思います。

◆経験の蓄積が、医師の自信と患者さんの安心に

抗凝固療法を普及させるための今後の課題についてご意見をお聞かせください。


  例えばワルファリンは1960年代から使われていて、私が研修医のころは抜歯というと1週間前に休薬することが普通でした。しかし、最近では休薬せず継続することが推奨されています。この変化が起きたのは2005年くらいからです。また、ワルファリン服用下でも検査のみや生検では休薬しませんが、内視鏡的ポリペクトミーを行うと大体2.5%くらい大出血を起こすので休薬するようにしています10)。ようやく「脳梗塞のリスク」と「出血リスク」のバランスを考えるようになってきました。
  ワルファリンしかなかった時代、抗凝固療法が普及しない理由は、患者さんが毎回の採血や食事制限を嫌がるためと考えられていました。しかしNOACが登場してその点が解決されたのに、抗凝固療法全体がそれ程普及しないのは、医師の出血に対する恐怖が解決されていないからだと思います。医師が不安そうに、「これを飲んでください」といっても、患者さんは飲みたくないと思うでしょう。医師が抗凝固薬に対して安心感をもてるようになることがまず重要です。


最後にNOACを使いこなす工夫についてご意見をお聞かせください。


  NOACの使い方については、臨床試験やメーカーのパンフレットでは、ストライクの患者さん(白)とボールの患者さん(黒)がはっきりしていて、白に投薬して、黒には投薬しないでくださいと書いてあります。でも、リアルワールドでは結構グレーの患者さんが多いのです。グレーの患者さんへの対応は医師自身で経験を重ねて決めていくことになります。私の施設ではワルファリンもNOACも大出血の発現頻度は比較的低いと思います。理由としては、処方する前に必ずHAS-BLEDスコア11)などを参考に出血の評価をして、出血リスクが高い患者さんには処方しないことが挙げられます。
  また、NOACはただ処方を続けるのではなく、使いながら勉強することが必要だと思います。  NOACは、プロトロンビン時間(PT)や活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)といった凝固マーカーでモニタリングできません。しかし、私が凝固マーカーを測っているのは、NOACを使った時の推移を経験としてもっていれば、抗凝固作用が行き過ぎていないか、合併症はないか、相互作用のある薬剤を併用していないかなど、患者さんの身体の中で起こっていることを理解するのに有用だからです。そうやって経験を積めば、継続して大丈夫か中止すべきかの判断ができるようになると思います。
   多くの医師が安心感をもって抗凝固薬を処方するようになり、さらに出血と脳梗塞のバランスのあり方が患者さんと医師の両方で共有できるレベルになれば、患者さんの意識も変わると思います。それと同時に心房細動の啓発を行えば、抗凝固療法全体がさらに普及すると期待しています。



■References
1)Wyse DG, et al., N Engl J Med 2002; 347: 1825-1833.
2)Van Gelder IC, et al., N Engl J Med 2002; 347: 1834-1840.
3)小林 祥泰 編, 脳卒中データバンク 2005, 中山書店, 2005.
4)小林 祥泰 編, 脳卒中データバンク 2009, 中山書店, 2009.
5)姉川 敬裕 他, 脳卒中 2010; 32: 129-132.
6)Hylek EM, et al., Circulation 2007; 115: 2689-2696.
7)Kakkar AK, et al., PLOS ONE 2013; 8: e63479.
8)Choudhry NK, et al., BMJ 2006; 332: 141-145.
9)健康日本21推進フォーラム, 脳梗塞発症リスクの高い心房細動の患者さんの
コンプライアンス(服薬遵守)の実態に関する調査, 2013.
10)Witt DM, et al., J Thromb Haemost 2009; 7: 1982-1989.
11)Pisters R, et al., Chest 2010; 138: 1093-1100.