#10 消化器内視鏡医、歯科医の立場からみた新しい経口抗凝固療法

◆ AF治療 Spotlight

#10 消化器内視鏡医、歯科医の立場からみた新しい経口抗凝固療法

お話の内容はインタビュー(2013年9月)時点のものです
国際医療福祉大学 三田病院 歯科口腔外科部長/国際医療福祉大学 准教授 矢郷 香 先生
東京大学医学部附属病院 光学医療診療部 部長/准教授 藤城 光弘 先生

心原性脳塞栓症の発症予防を目的とした抗凝固療法が急増し、抗凝固薬服用者が消化器内視鏡による生検や歯科外科処置を受ける機会も増えています。出血リスクと投与中断・減弱による血栓症リスクのバランスが問われる中で、日本消化器内視鏡学会は「抗血栓薬服用者に対する消化器内視鏡診療ガイドライン」(2012年)を、歯科領域3学会(日本有病者歯科医療学会、日本口腔外科学会、日本老年歯科医学会)は「科学的根拠に基づく抗血栓療法患者の抜歯に関するガイドライン」(2010年)を作成しました。
今回、ガイドラインの作成に携わられた藤城光弘先生と矢郷香先生に、それぞれの作成背景や作成後の変化について解説していただきました。

〜内視鏡医の立場から〜 藤城 光弘 先生

◆抗血栓療法患者における消化器内視鏡検査の実情に即したガイドラインの必要性

消化器内視鏡検査を受ける抗凝固薬服用者は増えているのでしょうか

  2007年の胃癌データをみると、推計罹患患者数が117,320名、死亡者数が50,595名で横ばいから微増状態にあります1)。また、高齢者人口の増加もあって当院での消化器内視鏡検査実施数は増加し続けています(図)2)。2008年に当院で内視鏡検査を受けた8,921名で抗血栓薬(抗凝固薬または抗血小板薬)の服用について調査したところ3)、1,383名(15.5%)が抗血栓薬を服用し、324名(3.6%)がワルファリンを服用していました。心房細動患者における虚血性脳卒中抑制を目的に抗凝固療法を受ける患者の数は増加しているといわれており、抗凝固薬服用者が消化器内視鏡検査を受ける機会も増えていると思います。

抗血栓薬服用患者での重篤な出血、休薬による脳梗塞などを経験されたことはありますか。

  消化管出血で搬送されたワルファリン服用患者を緊急内視鏡で止血した経験はありますが、止血できない出血を経験することは極めてまれです。内視鏡治療の術中や術直後に重篤な出血が生じる可能性はありますが、万が一生じた場合でも輸血等で対処が可能です。一方、脳梗塞については、抗凝固薬の休薬には注意を要すると痛感させられた経験が当院でもあります。ワルファリン服用中の心房細動患者で内視鏡的粘膜切除術のため休薬したところ、血栓塞栓症を発症した例がありました。他の施設でも、休薬後に脳梗塞を発症したという経験はあるのではないでしょうか。重い後遺症が残る脳イベントは絶対に回避すべきと思います。



「抗血栓薬服用者に対する消化器内視鏡診療ガイドライン」作成の背景を教えてください。

  日本消化器内視鏡学会による従来のガイドラインと欧米の内視鏡学会のガイドラインを比べると、作成の根拠となるデータに違いがありました。欧米では臨床データのエビデンスをもとに作成されているのに対し、日本ではエビデンスが不十分なため、消化器内視鏡術後の出血リスクを重視して、薬効消失時間などの情報をもとに作成されていました。今回の「抗血栓薬服用者に対する消化器内視鏡診療ガイドライン」4)では休薬による血栓塞栓症のリスクの増大にも配慮し、通常の消化器内視鏡検査は休薬せずに実施可能とし、内視鏡的粘膜生検はワルファリン服用者ではPT-INR(prothrombin time-international normalized ratio:プロトロンビン時間国際標準比)値が通常の治療域にあれば休薬せずに実施できるようになりました(表)。これにより、抗凝固薬の使い方については、欧米のガイドラインと大きな違いはなくなりました。

◆抗凝固療法継続下でも内視鏡的粘膜生検は慎重な止血処置で実施可能

ワルファリン継続下の内視鏡的粘膜生検では特別な止血処置が必要ですか。

  熱凝固による止血では粘膜の壊死により潰瘍が生じて出血する危険性があります。ですから、なるべく組織刺激性のない止血法を選択し、クリップ止血の場合には2~3個用いて確実に止血するなどして、出血を最小限に抑える処置が必要な場合もあります。ただし日本の内視鏡技術は世界的にも高く評価されており、ワルファリンの服用を継続しても内視鏡的粘膜生検はほとんどの場合、安全に実施できると思われます。従来は生検時には一定期間の休薬が推奨されていたため、癌を疑う所見を認めても、休薬してから再度内視鏡検査を実施し、生検を行わざるを得なかったため、診断が大幅に遅れる危険性もありました。しかし、今回、ガイドラインが改訂されたことにより、1回の内視鏡検査で粘膜生検まで実施できるようになったことが一番大きなポイントと思います。



新規の経口抗凝固薬についてはどのような対応が必要でしょうか。

  新規の経口抗凝固薬は今回のガイドライン作成時の前後で発売され、臨床データなどがほとんどないために詳細な記載はなく、現状では、ワルファリンに準じた使い方・管理を推奨しています。ただし、新規の経口抗凝固薬は、ワルファリンと異なり、効果の消失・発現が早く、服薬を継続しても効果のオンとオフの時間帯が存在するという特徴があります。また、薬剤によって、吸収率や腎からの排泄率、消失半減期といった薬物動態や、1日の服薬回数が異なるなど注意すべきポイントがあります。今後、新規の経口抗凝固薬についてもエビデンスが集積され、数年後のガイドライン改訂時にはより詳細な記載が追加されると思います。

◆日本人でのエビデンスに基づいたガイドラインの作成に期待

ガイドラインにより今後、消化器内視鏡診療は変わりますか。

  今回のガイドラインは画一的な診療を推奨しているわけでなく、症例にあわせて休薬または継続の判断を可能にしているので、医師の裁量で臨機応変に対応して欲しいというメッセージだと考えています。また、従来のガイドラインでは抗凝固薬の休薬を推奨していたため、休薬の有無で有効性・安全性を比較検討する臨床研究を実施しにくい環境にあり、今回のガイドラインでは欧米の臨床研究に基づいたステートメントにせざるを得ませんでした。しかし、今後は日本人で服薬を継続した臨床データが集積されるので、次回のガイドライン改訂時には日本人でのエビデンスに基づいたガイドラインが作成できると期待しています。



抗血栓療法に関して、循環器医に希望されることはありますか。

  内視鏡検査時には問診で服用薬を確認し、抗凝固薬を服用していれば検査までの間に状況を問い合わせたりしていますが、循環器医の先生方に抗凝固薬を服用する必要性や休薬で起こり得る問題などを明確にインフォームドコンセントしていただけると、内視鏡検査に際しての休薬のリスク・ベネフィットを説明しやすくなります。
  今後も増加が予想される抗凝固療法中の患者さんが、安全に内視鏡検査・治療を受けるために、より一層、循環器医と消化器医との連携が重要になってくると思います。

■References
1)全国がん罹患モニタリング集計 2007年罹患数・率報告. 国立がん研究センターがん対策情報センター, 2012,p46.
2)藤城 光弘, 東京医学 2011; 122: 515-518.
3)Ono S, et al., J Gastroenterol 2009; 44: 1185-1189. 4)藤本 一眞 他, Gastroenterol Endosc 2012; 54:2073-2102.

〜歯科医の立場から〜 矢郷 香 先生

◆歯科外科処置において、抗血栓薬の服用患者が増加している

抗凝固薬の服用が問題となる歯科外科処置について教えてください。

  出血を伴う歯科外科処置としては抜歯が最も知られていますが、歯槽膿漏の手術、歯科インプラント、口腔内や顎骨の囊胞・腫瘍の手術なども含まれます。当科の受診者も社会の超高齢化を反映して抗凝固薬服用者が増加しており、問診時に必ず服用薬を確認しますが、特に心房細動や人工弁置換術を受けた患者さんの場合には、薬剤名やコントロール状態を含めて医師に問い合わせています。


「科学的根拠に基づく抗血栓療法患者の抜歯に関するガイドライン」の作成背景を教えてください。

  従来、抗凝固療法中は休薬・減量して抜歯するのが一般的で、2006年の調査1)でもワルファリンを休薬・減量するとした医師は70%でしたが(図)、抜歯で投与中止した時に脳梗塞の発症を経験した医師も10%いました。ワルファリン療法中に脳梗塞を発症した23例の検討2)でも投与中止例の8例はいずれも心原性脳塞栓症で重症例が多く、4例は抜歯のための中止でした。休薬・減量による重篤な血栓・塞栓症の発症リスクの増加が指摘され、日本循環器学会が「循環器疾患における抗凝固・抗血小板療法に関するガイドライン」3)を2004年に発表し、至適治療域のワルファリン継続下での抜歯が望ましいとしました。そこで、抗血栓療法中でも出血と血栓・塞栓症の両リスクを軽減した安全な抜歯を医師と歯科医師のコンセンサスのもとで行うため、歯科領域学会により「科学的根拠に基づく抗血栓療法患者の抜歯に関するガイドライン」4)を作成しました。

◆抗凝固薬を継続しながら抜歯しても局所止血で対処できる

ワルファリンを継続しながら抜歯しても大量出血は生じないのでしょうか。

  歯科のガイドラインではワルファリン継続下の抜歯は、処置前72時間以内のPT-INR値が3.0以下の至適治療域内であることを推奨しています。当科では施術当日にPT-INR値を測定していますが、処方医に当日/前日のPT-INR値を確認すれば継続下でも抜歯は可能です。当科では3.0以下の至適治療域例が多く、継続下の抜歯で大出血の経験もなく局所処置で止血しています。継続下の抜歯に関する本邦の論文でも5%の(あるいは数パーセントの)5)抜歯後出血が出現するものの、いずれも局所処置で止血できており輸血処置などは報告されていません。


新規の経口抗凝固薬も投与継続しながらの抜歯は可能でしょうか。

  新規経口抗凝固薬についてはまだエビデンスがないためにガイドラインには記載されていませんが、海外の論文では新規経口抗凝固薬継続下で問題なく抜歯できたという報告がみられ、まだ症例は少ないですが、私の経験でも継続下で問題なく抜歯できています。ただし、新規経口抗凝固薬の場合もPTやAPTTが異常値を示せば注意する必要があると思います。エビデンスが集積されればガイドライン改訂時に、抜歯時の対応について推奨が掲載されると思います。

◆医師と歯科医師の連携で包括的なリスク回避を

抗凝固療法患者の安全な抜歯のため、抗凝固薬を処方する先生へお願いしたい点をお聞かせください。

   ガイドラインにより抗凝固療法継続下で抜歯する歯科医師が増えましたが、現在も3分の1の歯科医師が休薬しており(図)、ガイドラインのさらなる普及とともに医師との連携が必要になるでしょう。例えば、高血圧を合併する心房細動患者では血圧上昇は出血リスクを高めるので、医師の方で
血圧の管理に留意していただき、また抜歯後には鎮痛薬や抗生物質を処方するので、相互作用の観点から併用薬剤の情報も提供いただけたらと思います。また、患者さんの理解も重要ですので、患者啓発・教育の面でも医師・歯科医師が協力できればと思います。

■References
1)矢郷 香 他, 呼吸と循環 2006; 54: 993-1000.
2)Yasaka M, et al., Thromb Res 2006; 118: 290-293.
3)笠貫 宏 他, Circ J 2004; 68 (Supple-IV): 1153-1219.
4)日本有病者歯科医療学会・日本口腔外科学会・日本老年歯科医学会 編,学術社,2010.
5)矢郷 香 他, これならわかるビスフォスフォネートと抗血栓薬投与患者への対応.クインテッセンス出版, 2011,74-75.
6)『日本歯科新聞』2012年7月17日付第1751号.