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◆ AF治療 Spotlight

#2 脳血管障害におけるリスク評価の実際

お話の内容はインタビュー(2011年4月)時点のものです

国立病院機構 九州医療センター 脳血管センター 脳血管内科科長
矢坂 正弘先生

心房細動患者における脳卒中のリスク評価にはCHADS2 の他、2010年欧州心臓病学会でCHA2DS2 -VAScの概念が提唱されましたが、実際の評価については施設毎、患者さん個々において一様にはならない面もあります。そこで「脳血管障害におけるリスク評価の実際」をテーマに、『心房細動治療(薬物)ガイドライン』策定にも関わられた矢坂先生に、リスク評価の実際や抗凝固療法における注意点、患者教育などについてお話を伺いました。

九州医療センター(脳血管内科)の脳血管障害患者の実態について教えてください。

◆ 積極的な地域連携によるシームレスケア

   当センターは1994年の設立当初から地域医療支援病院を強く打ち出していましたので、紹介患者が多く、脳卒中については「急性期は電話一本で全部受けます」と明示しています。
急性期の症例は、まずSCU(Stroke Care Unit:脳卒中集中治療室)に収容し、病態が落ち着いたら、一般病棟へ移ります。脳卒中の急性期は非常に状態が変動しやすいので、一過性脳虚血発作(TIA)や軽度の脳梗塞でも全員SCUに入ってもらいます。
    また、当センターではクリティカルパスを積極的に使い、入院患者の円滑な転入・転出に努め、地域連携医師と綿密に連絡を取り合っています。すぐに家に帰れた軽症患者や回復期を経て退院した患者は基本的にかかりつけ医で診てもらって、年に1回は当センターでMRIなどの検査を受けてもらい、かかりつけ医と情報を共有するようにしています。福岡市医師会が連携パスを用いて、回復期のリハビリを担ってくれる病院約20施設と連携をしています。

*「シームレス(つなぎ目がない)ケア」の意味。急性期から回復期へ、回復期から維持期へと患者が移行する際に支援の手が途切れないことを意味する。

心原性脳梗塞症のリスク評価について教えてください。

◆ スコアに縛られず事実を見る

   評価する際に見逃してならないことは、CHADS2 スコアの0点〜 1点でも脳梗塞を起こすことがあり、その発症頻度は少ないもの の、発症したら重症度は変わらないという事実です。ひどい状態 で搬送されてくる急性期の脳梗塞患者を扱っている立場としては、 CHADS2 スコアの2 点以上には抗凝固療法を確実に行い、1点の 患者に対してもできるだけ行っていてほしいというのが本音です。 0点の患者に対してはリスクとベネフィットの観点からその選択は 難しいと考えます。
 そこで、2010年の欧州心臓病学会(ESC)ガイドラインではCHADS2 スコアのリスク細分化を図るためCHA2DS2 -VAScという概念が提唱されました注)。現在は、CHADS2 スコアが0点〜1点でも、CHA2DS2 -VAScスコアでは2点以上になる場合は抗凝固療法を考慮することが推奨されつつあります。将来的には、心原性脳塞栓症のリスク評価法として一般内科の先生方においても定着してくると思います。
 ワルファリンという薬剤は治療域が狭く、リスクとベネフィットの観点から現行のCHADS2 スコアで1点の患者に対する使用は専門医の間でも論議が絶えません。しかし、新しい経口抗凝固薬はワルファリンに比べ頭蓋内出血のリスクを減らすという結果が幾つも発表されてきているので、ベネフィットを得るという観点からCHA2DS2 -VAScスコアやCHADS2 スコアで点数が低い場合でも積極的に抗凝固療法を行いやすくなるという道筋が見えてきたといえます。
 その他、出血リスクの評価法としてHAS-BLEDというスコアがあります。わかりやすい評価法とは思いますが、HAS-BLEDスコアで出血リスクが高いからといって抗凝固療法を行わないということではなく、この評価は出血性合併症への注意喚起という位置づけと考えています。将来的には日本のガイドラインにも取り込まれていくと思います。

注):C(心不全)→1点/H(高血圧)→1点/A(≧75歳)→1点/D(糖尿病)→1点/S2 (脳卒中・TIAの既往)→2点
:C(心不全・左心室機能不全)→1点/H(高血圧)→1点/A2 (≧75歳) →2点/D(糖尿病)→1点/

急性期の脳梗塞患者に対する抗凝固薬の使用について教えてください。

◆ 抗凝固療法は出血に十分注意しながら積極的に

   心原性脳塞栓症は、急性期に再発を起こしやすい、出血性梗塞を起こしやすいという特徴があります。出血性梗塞とは、塞栓子が融解や遠位部に移動することで壊死組織に血流が再開通することで、脆くなった血管壁から出血した場合をいいます。
 したがって、急性期の脳梗塞患者に対してヘパリンを使うかどうかという議論になる訳ですが、未だ十分なエビデンスは存在しません。しかし、いくつかの研究報告からヘパリンを使っても悪いことはないというのが共通した見解なので、当センターとしては使ってはいけない症例は除外し、急性期の脳梗塞患者に対しては積極的な抗凝固療法を実践しています。
   除外対象例は、感染性心内膜炎(infective endocarditis)など抗生物質の投与が必要な場合、胃潰瘍からの新鮮出血など「今」出血している場合、血圧が180mmHg未満にならない場合を禁忌としています。
 具体的には、まずCTまたはMRIで出血がないことを確認し、梗塞が中大動脈領域の面積の1/3未満の場合、当日からヘパリン+ワルファリンで治療を開始し、ワルファリンが治療域になったらヘパリンは中止します。1/3~2/3の場合は1日待機して、翌日にCTで出血がないことを確認したら、ヘパリン+ワルファリンで治療を開始します。1/2以上の場合は出血リスクが上がり、梗塞が大きいと頭が腫れて脳ヘルニアを起こすので、3~7日待機してCTで出血と脳ヘルニアがないことを確認できたら抗凝固療法を開始します。ワルファリンは効果が出るまでに1週間ほどかかりますから、その間はヘパリンの併用になります。

PT-INRとTTRの目標値の妥当性についてどのようにお考えですか。
また、INRコントロール時の注意点についても教えてください。

◆ ガイドラインを遵守そして患者教育へ

   PT-INRは、日本循環器学会の心房細動治療(薬物)ガイドライン2008年改訂版で示されているとおり、70歳未満が2.0~3.0、70歳以上が1.6~2.6が目標値となっています。70 歳以上では2.6を超えると出血が増加し、1.6を下回ると予防効果はありませんから「この範囲に収める」という考え方で妥当と考えます。現在、J-RHYTHM Registry 研究でワルファリン使用例を7,000例登録し、至適PT-INRを検討する取り組みが行われていますから、その結果によって修正されるかもしれません。
 TTR(Time in Therapeutic Range:INR 至適範囲内時間)は、60%を超えないと抗凝固療法の効果がありません。ACTIVE-W試験を見ても、TTRが上がると、抗血小板薬との差がきれいに出ることがわかっています。ワルファリンのような治療域の狭い薬剤の場合、TTRが安全域に入っている割合は個人差があると思われます。PT-INRが安定しない方は、INR測定の間隔を2週間に1回と短くしています。また、INRをうまくコントロールするために、いくつかの工夫や取り組みをしています。回復期やリハビリの施設に転院するときは「INR1.6~2.6でコントロールしてください」と、きちんと書くようにしています。言葉だけでなく、書いて渡すことが大切です。
 患者さんは自宅に帰ると食事内容など生活が大きく変わります。家に帰った途端に、INRが上がることは少なくありません。そこで、当センターでは、脳卒中健康講座を月に2回必ず開いています。患者さん・家族に参加してもらい、「脳卒中はこんな病気です」「抗血栓薬はこんなに効きます」「ワルファリンに影響する食物」「顔、腕、言葉に症状出たら119番」と、疾患、治療、生活など全般に渡って教育をしています。

ワルファリンの治療効果が現れにくい患者に対する抗凝固療法について教えてください。

◆ 実際は3つの理由に集約される

   「ワルファリン抵抗性」には広義と狭義に分けて定義づけする必要があります。広義としては、服薬の問題があります。例えば「ワルファリンを10mg 飲んでいるからワルファリン抵抗性です」と言われることがありますが、その原因を質すと、一番多いのは①「飲んでない」です(笑)。その他、② 納豆とかクロレラとか青汁を摂取している場合や、③ 他の薬剤の影響です。結局のところ、ワルファリン抵抗性といわれるものの大部分はこの広義の3つです。
 一方で、入院してきちんと管理してもワルファリン15錠~ 20錠が必要となるような場合があり、これはワルファリン抵抗性と言えます。これが狭義の意味で、遺伝子多型などの問題が考えられますが稀です。実際は、広義の3つの意味の患者さんが大部分です。
 先に述べたとおり、かかりつけ医との情報交換や患者教育が重要になると思います。

出血した場合の対処(中和)方法について、 また、PCI後のワルファリン適応について教えてください。

◆ 治療は患者さんの意思を尊重し同意を得る

   ワルファリン投与中に頭蓋内出血で搬入されてくる方は少なくありません。頭蓋内出血、特に脳内出血や硬膜外出血の場合は、まず血圧を下げることが必須です。次に、第Ⅸ因子複合体製剤を使用しますが、保険適応はありませんので十分な説明が必要です。INRを下げるためにビタミンKを投与しても効果が出るのに半日から1日かかります。また、新鮮凍結血漿を使う場合も考えられますが、800ccが必要で、ワルファリンを投与されている患者さんのほとんどは心臓が悪いため現実的には1時間あたり60ccくらいしか入れられないことから、この方法も1日かかってしまう。したがって、ビタミンKを入れて、第Ⅸ因子複合体製剤を投与するのが一番の道だと思います。
 PCI後のステント内血栓を予防する方法としては、抗血小板薬2剤使用がエビデンスとして既に確立しています。抗血小板薬は心原性脳塞栓症の予防に効果はありませんから、その予防が必要な場合には、抗血小板薬2剤+ワルファリン(計3剤)という選択になります。当然ですが出血リスクは高くなるので、必ず血圧を下げることが非常に重要です。
 ただし、患者さんが歳を重ねて85歳、90歳になった場合には、出血リスクがさらに高まるため、抗凝固薬1剤という選択も考慮します。抗血小板薬に抗凝固薬の代わりはできませんが、抗凝固薬は抗血小板薬の代わりがある程度できるからです。欧米のガイドラインにはこの考え方がとり入れられつつあります。
 小手術や観血的検査などの場合は、ガイドラインに従います。抜歯と白内障は、日本循環器学会の抗凝固・抗血小板療法に関するガイドラインに、2009年改訂版では「止めない」と書き入れています。これを、一般に啓発していくことが今、最も必要と思われます。大手術は止めざるを得ないわけですが、それによってリスクが伴うことを念頭に置かなければなりません。内視鏡下の生検や観血的処置は、抗血栓薬中止から継続へとガイドラインが大きく書きかえられつつあります。
 いずれにしても、出血を伴うような小手術や検査を行う際は、患者さんに十分な説明をして、どのような対処法があるか具体的な選択肢を提示することです。患者さんの意識を高め、患者さん自身の決定権を尊重することです。抗血栓薬を中止する場合、当センターでは2008年より全員から同意書をもらっています。

新規経口抗凝固薬に対する期待と 要望がありましたらお話しください。

◆ さまざまな制限から解放されることへの期待

   新しい経口抗凝固薬のメリットはいろいろ考えられますが、第1は、多方面における管理が容易になることです。食事の制約がなくなることは患者さんにとって大きなメリットですし、INR測定の煩雑さがなくなること、吸収が速いので在院日数が短くなることは患者さん・医師・病院の三者が得られるメリットです。
しかし、新しい経口抗凝固薬は半減期が短く、周術期の管理がより容易になる一方、飲み忘れの問題が生じますから、患者さんへの啓発はきちんとしていかなければなりません。  また、要望としては、出血に対する取り組みを積極的にしてほしいということですね。症例を登録して、出血の際の転帰・治療を開示し、データを積み重ねることで、より安全な抗凝固療法が発展していくと思います。
 現在、新しい経口抗凝固薬が出ていて、当センターでは70人※くらい切り替えています。患者さんは、採血が少なくなることや薬価のことよりも、「納豆が食べられる!!」と喜んでいます。毎日、ハラハラドキドキしながら食事するのはストレスになりますからね。

※2011年11月時点

心原性脳塞栓症を診ている先生方への メッセージをお願いします。

◆出血リスクを抑え込むことに最大限の努力

   新しい経口抗凝固薬は頭蓋内出血が少ないというすばらしい特質があります。しかし出血が減るといっても、ゼロになるわけではありません。ですから、外来で治療しているときに、出血を極力抑え込むことが大切だと思っています。
 いつも提唱していることですが、①血圧管理(最重要)、②血糖管理(出血の有無には関係ないが、一度出血すると血腫が大きくなる)、③禁煙(煙草は頭蓋内・脳内出血リスク[2倍]とくも膜下出血リスク[ 3倍]を高める)、④飲酒(過度は慎む)の“4 点セット”を外来の患者さんに伝えています。日々、患者さんへ心配りすることで頭蓋内出血リスクを抑え込むことができます。新しい経口抗凝固薬の登場によりリスクが軽減され、ベネフィットを患者さんが享受できるようになることを期待しています。

お話の内容はインタビュー(2011年4月)時点のものです
矢坂 正弘 先生

1982年熊本大学卒業。1985年~2005年まで国立循環器病センター脳血管内科勤務、途中1994年から2年間メルボルン大学オースチン病院神経内科で脳血流や脳神経超音波に関する臨床研究に従事。2005年から現職。専門は脳卒中学、抗血栓療法学、脳神経超音波学。2010年11月に第13回日本栓子検出と治療学会(テーマ:リスク・ベネフィット)を福岡で開催。

国立病院機構 九州医療センター

福岡市中央区地行浜1丁目8番1号
TEL:092-852-0700(代)
施設サイト

脳血管内科は、脳卒中を全身の血管病の1つとして捉え、循環器病学、血栓止血学などを背景に全人的かつ包括的な医療を行うことを基本姿勢としている。
2010年1月~12月の年間新入院患者は1,088名、平均在院日数が12.4日。主要疾患の内訳は、脳血管障害932例、急性期脳血管障害421例(脳梗塞319例、一過性虚血発作31例、脳出血71例)で、脳梗塞の20~30%が心原性脳塞栓症で、近年は増加傾向にある。その一方でラクナ梗塞は減っている。
癌患者における脳血管障害の実態調査や抗血栓療法中の血圧管理に関する介入研究を多施設共同研究として全国レベルで展開し、脳卒中合併・再発予防に関する指針作りを本年度の目標に掲げている。