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◆ AF治療 Spotlight

#1 心房細動治療のトータルマネジメント

お話の内容はインタビュー(2011年2月)時点のものです
心臓血管研究所 常務理事・研究本部長
山下 武志 先生

わが国は、人口の高齢化に伴い、脳血管障害などが増加しています。なかでも、心房細動は今後増え続けると予測されているにもかかわらず、適切に診断・治療されていないのが現状です。一方、このような状況下、2011年以降は新しい抗凝固薬の登場が期待されています。そこで「心房細動のトータルマネジメント」をテーマに、山下武志先生に専門医のお立場から、現在の診断・治療ストラテジーおよび、新しい抗凝固薬による治療への期待などについてお話を伺いました。

心臓血管研究所附属病院の心房細動患者の現状について教えてください。

◆ 心房細動を一般内科医が診る時代に

   当院の心房細動の患者さんは自分だけで月間250人以上に上り、新患の患者としては病院全体の1割以上が心房細動です。最近ではカテーテルアブレーションを目的とした入院・紹介が増えていて、これは、心房細動に関する知識が一般内科医にも広がり「一般内科で診る心房細動」と「専門医に送る心房細動」にきちんと分けられたことによるものでしょう。2005年くらいまでは、心房細動は循環器医に紹介するという時代でしたが、現在は内科医が診る時代になりつつあると言えます。
   また、背景因子をみると、高血圧、糖尿病、加齢に伴う心房細動が多く、高血圧は6~7割の患者が合併しています。初診者の平均年齢は70歳弱ですから、CHADS2のスコアを当てはめると、あと数年で1点増える人たちです。このような現状を踏まえて、高齢者の増加に対応し、心房細動を診られる医師がさらに増えるよう啓発することも専門施設・専門医の役割かもしれません。

心房細動と確定して、治療を決めるまでの手順について教えてください。
また最新の治療戦略についても教えてください。

◆ 心電図に引っ張られてはいけない

   患者さんの「生命予後」「脳梗塞」「生活」という3つの観点から個別に考えています。今までの多くの大規模臨床試験でも示されていますが、心電図が正常になることを目的として治療しても患者さんの生命予後はよくなりません。重要なのは、心房細動以外の背景因子がどれだけうまくコントロールできているかということです。心不全の心房細動なら心不全がコントロールできているか、高血圧の心房細動なら血圧がきちんとコントロールできているかなど、忘れられがちですが、これが生命予後を左右することになりますので、きちんと診ていかなくてはなりません。実際の診療ではどうしても心電図に引っ張られることが多くなりますが、まずCHADS2スコアで背景因子をみて、脳梗塞予防をするべきか否かを考え、心電図に目を向けるのはそれからで十分です。

◆ CHADS2スコアは医師と患者の共通言語

   CHADS2スコアは、医師にとっても患者さんにとっても分かりやすく、「あなたは点数が2点だから、年間4%脳梗塞になりますよ」「4点だから、年間8%脳梗塞になりますよ」と具体的に説明すると、患者さんは理解して「飲まなきゃいけない」という気持ちになってくれるようです。つまり、心房細動の治療において、医師と患者さんの間にCHADS2スコアという共通言語ができたわけです。これにより、患者さんとのコミュニケーションが円滑になり、CHADS2スコアの果たした役割は大きいと言えます。
   ただし、単純にCHADS2スコアのみを指標とするわけではありません。医療は、「エビデンス」「医師の診療経験」「患者の嗜好」の3つが整って初めて成立すると考えますから、医師の診療経験の中で、C(心不全)、H(高血圧)、D(糖尿病)それぞれのスコアの意味を考え、点数の捉え方を変えていいと思います。例えば私の場合、血圧がよくコントロールされていればHは「0.5」と考えます。HbA1cが7以下ならDは「0.5」です。一方、脳卒中やTIA(transient ischemic attack:一過性脳虚血発作)の既往があれば、CHADS2スコアにかかわらず、ワルファリンを使用します。
   また、CHADS2スコアが3点の患者さんでも、本人が「ワルファリンを飲みたくない」というような場合もありますが、希望を尊重して対処しています。それは患者さんの嗜好も重要な側面だからです。これら1つひとつは完璧ではありません。それぞれが役割を持ち、三位一体となってバランスがとれていれば問題ないと思います。
   また、最近新たにCHA2DS2-VAScスコアが提唱されましたが、学術的な評価法と位置づけて考えています。CHADS2スコアの1点は、ほとんどがCHA2DS2-VAScスコアでは2点以上になりますから、臨床的には「CHADS2スコアで1点の患者には脳梗塞予防を」というメッセージと同様で、共通言語の線引き・敷居の高さが変わっただけという理解です。患者さんに対して実際に使用するには複雑すぎて「共通言語」にはならないでしょう。

心原性脳塞栓症予防(一次予防)の重要性と リスク評価について教えてください。

◆ 一次予防は一次治療

   脳梗塞を発症したときに、運命は決まってしまうわけです。 久山町研究における2000年までの心原性脳梗塞の死亡率をみると、1カ月では25%、1年では50%です。そこから回復させることは、到底できません。心原性脳梗塞になってからではあまりにも遅過ぎるということです。予防が最重要であることを認識していただきたいと思います。
   もう1つ忘れてならないのは、一次予防は「一次治療」にもなっているということです。例えば、ワルファリンを飲んでいても脳梗塞を発症することはあります。ただし、発症したときにワルファリンが効いていた人は、退院・自立生活ができる確率が半分以上で、予後は極めていいことがわかっています。しかし、脳梗塞を発症したときにワルファリンの効果を得ていない(服用していない)人では死亡率は2倍になり、半分以上の人が要介護になります。この差は非常に大きい。ですから、「一次予防」というと、予防だけをしているみたいに思えますが、まったく違います。予後という観点では「一次治療」と考えていいと思います。

心房細動治療の難しい点や過去にうまくいかなかったご経験についてご紹介ください。
また、一般内科医への診療アドバイスをお願いします。

◆ある患者さんの治療から得た教訓

   一番難しい点は、やはりワルファリンですね。難渋した経験として独居老人の例が挙げられます。この方は、ご自分の治療に理解を示していて、PT-INR(prothrombin time-international normalized ratio : プロトロンビン時間国際標準比)を測定しながら薬を増量し、状態は安定しているように見えていたのですが、突然脳出血を起こして倒れ、当院に運ばれて来ました。結局、 患者さんは亡くなったのですが、薬を正しく服用していたのか、前兆となる症状があったのかなど、家族がいませんから倒れるまでの状況がまったくわからないのです。この経験から、検査や症状の把握など、継続的な観察を必要とするワルファリンの治療は、独居老人には不向きだと思いました。

   さらに、高齢者の場合は他剤との飲み合わせについても、細やかな注意が必要です。ご高齢の患者さんは複数の科にかかることが多く、当院のほかに通っている病院があるかもしれませんから、処方されている薬剤すべてを把握するのは難しい。その点においては総合病院やかかりつけ医のほうがいいと思います。

通院中の患者さんに対して重要視している点を教えてください。

◆ワルファリン治療の鍵を握るのは家族

   心房細動の背景因子は、高血圧が約8割を占めますから、まず、血圧管理が重要になります。血圧は130mmHg前後に管理するのが理想ですが、あまり厳しくしても患者さんの治療に対するモチベーションが下がりますから、症状や検査結果をみながら、血圧が上がったら速やかに降圧剤を増やすように対応しています。
   その次が、PT-INRです。PT-INRは、ガイドラインの通りではなく、1.6~2.6を目標にしています。それで血圧をきちんと管理していれば2/3の患者さんは安定していますし、TTR(time in therapeutic range:治療域内時間)の平均は58%(2010年6月調査結果)でした。ただ、この数値はガイドラインに沿って計算したものであり、1.6~2.6を目標値として計算するとTTRは77%くらいに引きあがります。つまり、解釈によって数値は異なってきますから、実際の臨床ではTTRの数値自体はあまり気にせず「限界はあるものの、努力すればあがる」というくらいに位置づけています。


   さらに、ワルファリンに抵抗がある患者さんの場合は、家族と話すことが重要です。まず、家族の方にPT-INRの意味を理解していただき、家族から患者さんに説明してもらうとうまくいきます。また、食事指導や生活指導においても、家族やキーパーソンが重要な役割を果たします。先ほどの独居老人の経験からも言えることですが、ワルファリンの治療は、家族をはじめ、治療に関わる人を増やすことが事故を減らすことにつながります。

現在、新規経口抗凝固薬の開発が進行中ですが、
新薬に対してどのポイントに期待されますか。

◆ 新規経口抗凝固薬がもたらす心房細動治療の改革

   新規経口抗凝固薬の登場は、「明治維新」と言っていいと思います。先ほどからお話ししているワルファリン使用の複雑さがクリアされますし、CHADS2スコアが低い場合の判断に迷うこともなくなります。つまり、専門医以外でも心房細動が診られるようになるということです。あとは血圧をきちんと管理して、症状がなければ継続、症状があればカテーテルアブレーションと、非常にシンプルなストラテジーとなるでしょう。治療法の選択肢として、カテーテルアブレーションと薬剤が同等になったとも言えますね。従来の「ワルファリンを飲まずに済むのでカテーテルアブレーションをやる」という、ある種間違った考え方はなくなると思います。それも新規経口抗凝固薬がもたらす大きな改革と言えるでしょう。

最後に専門医のお立場から、日常診療において
「心房細動患者」を診ている多くの先生方へメッセージをお願いします。

◆ 心房細動のトータルマネジメントの理想を目指して

   まず、「心房細動は特殊な病気ではないから恐れるな」と言いたいですね。この20年間、心房細動の治療はジギタリス、アスピリン、ワルファリンという古い時代から続々と新しい抗不整脈薬が登場すると同時に、治療の複雑化を招くことになりました。そのため、従来は心房細動を見つけた時点で専門医へ紹介することが多かったと思いますが、今後は、先ほど言いました通り心房細動の治療はシンプルになり、誰もが診ることのできる疾患となるでしょう。

   そして、新しい抗凝固薬が広く使用されるようになったら、ファーストステップ(背景因子を取り除く治療)、セカンドステップ(脳梗塞の予防)はかかりつけ医(一般内科)で診て、心不全の心房細動や抗不整脈薬が効かない人など、最後のステップになったときに専門医へ紹介するようになると思います。つまり、専門医・かかりつけ医がそれぞれの役割を分担し、通常診療はかかりつけ医、年に1回程度は専門医でチェックするという理想のシステムに近づくと考えます。新しい抗凝固薬が専門医・一般内科医にとって、何より患者さんにとって福音となることを期待しています。

お話の内容はインタビュー(2011年2月)時点のものです

山下 武志 先生

1986年東京大学医学部卒業。内科研修医を経て1988年東京大学医学部附属病院第二内科。1994年大阪大学医学部第二薬理学講座、1998年東京大学医学部附属病院循環器内科助手。2000年心臓血管研究所第3研究部長、2006年同研究本部長、2009年より同常務理事・研究本部長。日本心電学会(理事)、日本不整脈学会(理事)、「心房細動に出会ったら(メディカルサイエンス社)」など著書多数。

心臓血管研究所附属病院

東京都港区西麻布3丁目2番19号
TEL:03-3408-2151(代)
施設サイト

循環器科は、冠動脈疾患部門、不整脈部門、心不全部門に分けられているが「心房細動は結果」という考えに基づき、循環器内科医全員が不整脈を診ている。 外来患者数は5,000名/月以上、新患は約2,600名/年、内300名以上が心房細動。山下武志先生は、不整脈(特に心房細動)に関する日本のオピニオンリーダーとして全国各地での啓発活動に努めている。